糖尿病網膜症について

1.増え続ける糖尿病

近年、患者数の増加が著しい病気の代表に、糖尿病があります。国内の患者数は約890万人、予備軍を含めると、約2,210万人になります。糖尿病網膜症は、糖尿病腎症・神経症とともに糖尿病の3大合併症のひとつで、我が国では成人の失明原因の第一位となっています(図1)。
眼の合併症は、糖尿病と診断されたときから定期的な眼科の検査を受け、糖尿病と眼科の適切な治療を続けていれば、確実に防げます。しかし、実際には糖尿病を放置している人が少なくなく、毎年多くの人が、糖尿病の合併症で視力を失い、成人の失明原因として非常に大きな比率を占めているのです。

図1

図1

2.糖尿病網膜症とは?

網膜は眼底にある薄い神経の膜で、ものを見るために重要な役割をしています。網膜には光や色を感じる神経細胞が敷きつめられ、無数の細かい血管が張り巡らされています。血糖が高い状態が長く続くと、網膜の細い血管は少しずつ損傷を受け、変形したりつまったりします。血管がつまると網膜のすみずみまで酸素が行き渡らなくなり、網膜が酸欠状態に陥り、その結果として新しい血管(新生血管)を生やして酸素不足を補おうとします。新生血管はもろいために容易に出血を起こします。また、出血すると網膜にかさぶたのような膜(増殖組織)が張ってきて、これが原因で網膜剥離を起こすことがあります。糖尿病網膜症は、糖尿病になってから数年から10年以上経過して発症するといわれており、程度の差はありますが、糖尿病の患者さんの約40パーセントに、網膜症が起きているといわれています。かなり進行するまで自覚症状がない場合もあり、まだ見えるから大丈夫という自己判断は危険です。

3.糖尿病網膜症の分類(進行の程度により3段階に分けられます)

1 単純糖尿病網膜症

網膜内の血流が悪くなり始めた初期の糖尿病網膜症です。細い血管の壁が盛り上がってできる血管瘤(毛細血管瘤)や、小さな出血(点状・斑状出血)を認めます。蛋白質や脂肪が血管から漏れ出て網膜にシミ(硬性白斑)を形成することもあります。これらは血糖値のコントロールが良くなれば改善することもあります。この時期には自覚症状はほとんどありません。

単純

単純

2 前増殖糖尿病網膜症

単純網膜症より、一歩進行した状態で、網膜の一部に血液が流れていない虚血の部分が生じてきた段階です。この時期になるとかすみなどの症状を自覚することが多いのですが、全く自覚症状がないこともあります。前増殖糖尿病網膜症では、多くの場合、網膜光凝固術を行う必要があります。また、このころになると黄斑部浮腫が生じてくる場合があり浮腫に対する治療が必要になる場合もあります。

前増殖

前増殖

3 増殖糖尿病網膜症

進行した糖尿病網膜症で重症な段階です。新生血管が網膜や硝子体に向かって伸びてきます。新生血管の壁が破れると、硝子体に出血することがあります(図2:硝子体出血)。硝子体は眼球の中の大部分を占める透明な組織です。ここに出血が起こると、視野に黒い影やゴミの様なものが見える飛蚊症と呼ばれる症状を自覚したり、出血量が多いと急な視力低下を自覚したりします。また、増殖組織といわれる線維性の膜が出現し、これが網膜を引っ張って網膜剥離(牽引性網膜剥離)を起こすことがあります。この段階の治療には、手術を必要とすることが多くなりますが、手術がうまくいっても日常生活に必要な視力の回復が得られないこともあります。この時期になると血糖の状態にかかわらず、網膜症は進行してゆきます。特に年齢が若いほど進行は早く、注意が必要です。

増殖

増殖

4.糖尿病網膜症の治療

(1)網膜光凝固術

網膜光凝固術は主に網膜の酸素不足を解消し、新生血管の発生を予防したり、すでに出現してしまった新生血管を減らしたりすることを目的として行います。この治療で誤解を生みやすいのは、今以上の網膜症の悪化を防ぐための治療であって、つまりは、将来失明することを防ぐための治療であって決して元の状態に戻すための治療ではないということです。まれに網膜全体のむくみが軽くなるといったような理由で視力が上がることもありますが、多くの場合、治療後の視力は不変かむしろ低下します。網膜光凝固術は早い時期であればかなり有効で、将来の失明予防のために大切な治療です。

網膜光凝固後

網膜光凝固後

(2)硝子体手術

レーザー治療で網膜症の進行を予防できなかった場合や、すでに網膜症が進行して網膜剥離や硝子体出血が起こった場合に対して行われる治療です。通常は入院治療が必要となります。当院では、硝子体手術が必要な方は近隣の入院施設に紹介させていただいております。